馬鹿は被害者にならないと分からない

 

04 - 1999.12.4

 いくら寂しがりやだからって

先月、広島の胡子祭りで暴走族と機動隊が衝突してましたね。テレビで盛んに放送していたので、ご覧になった人も多いでしょう。暴走族の引退式とのことで、祭りが行われる道路において数十人がたむろし、住民たちの苦情もあり機動隊が出動したのでした。数名ほど逮捕者も出たようですが、しかし何故、祭りの場所で引退式を行うのか。場所ならいくらでもあるでしょうに。いくら彼らが寂しがり屋でも、わざわざ祭りの場所で。しかも彼らがその場所に行く”足”は、なんと電車や徒歩だったらしいのです。まったく、それでも暴走族か。族の誇りがあるのか。私は彼らを暴走族とは認めず、歩いていくからテクテク族、あるいはだらだら歩くのでダラダラ族と呼ばせてもらいます。昔、族だった人間もあきれてるんじゃないのかねぇ。

 青森県のねぶた祭りでも同じことが言えます。”カラス”と呼ばれる族まがいの若者たちが祭りの中でロケット花火をする。やはり、警官と衝突しています。真夜中に爆音を響かせるのも困りますが、街の人たちや観光客が楽しみにしている祭りを台無しにする無法者たちはゴキブリ以下です。子供や老人が集まる場所であることに少しも気づこうとしない。昔の族は、情けというものが多少なりとも有ったのではないでしょうか。

 彼らは、おまわりさんにいくら説教されても改心などしません。しかし、そんなゴキブリたちも”気づく”ときがあるのです。


 不良少年が大人になると家庭を大切にする

 彼らもやがては大人になり、結婚して家庭を持ちます。実は不良だった少年少女は、結婚願望、幸せな家庭願望が真面目人間より強いのです。その理由は、不良になる少年少女は多くの場合、幸せな家庭に育っていないことにあります。両親がしょっちゅう喧嘩している。親に遊んでもらった、かまってもらった記憶がほとんどない。”家庭”に安住の地を見い出せない。家にいても心が休まらない。家にいるのが辛い。だから、外でたむろす。外で友達とたむろす機会が多くなると、やがては”不良”と呼ばれるようになる。悪い奴らに吸い込まれていく。人間は弱い動物だから、悪い奴らとつきあうと必ず悪くなっていく。これで不良の出来上がりです。

 しかし、そんな不良だった少年少女が成人すると、幸せな家庭を築こうとするのです。幸せな家庭では育たなかった分、幸せな家庭に憧れるからです。だから、彼らは早婚が多い。良きパパ、良きママになります。やがて子供が生まれる。その子供が成長し、ヨチヨチ歩き出す。「今日、町で祭りがあるから、ちょっと行ってみようか」と、パパが言う。 昔、族だったパパとママが幼い子供の手を連れて祭りを見に行く。しかしそこで彼らが見るものは、ゴキブリたちの宴。そこで初めて気づくのです。我々は愚かだったと。


 自分が被害者になったとき

 賢い人は過ちを犯す前に気づき、普通の人は注意されて気づく。しかし愚か者は、自分が被害者になってはじめて気づくのです。リンチで人を殺してしまった少年たちも、自分がリンチに遭ったとき初めて罪の重大さに気づくことでしょう。

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 因果応報という言葉がありますよね。私はこれを信じています。悪いことをすればそのときは巧くやりぬけても、やがては報いがくる。良いことをしていれば、いつかは幸せになれるでしょう。

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